ブログのデザインを少しだけ手直し

マテリアルデザインって今でも流行ってるんですかね?
Webデザインの進化はすごく速いので新しいデザインにしても、直ぐに古びたデザインになってしまうのです。ただ自分のポリシー的に「自分が使いやすく多少でも見やすいデザイン」を心がけて作ってるので別に大掛かりに修正したりすることはないでしょう。

修正したところ

日付の表記


Post in 2019年2月4日という表記になっていましたけども、英語の部分要らないので消しました。結構スッキリして何日に書いたか分かりやすくなったと実感してます。

フッターの「new post」「older post」


日本語にして、どこを押せばいいのか分かりやすく背景を桃色に変更させていただきました。
これで少しは目立つようになったかな?

検討中

コメントからいただいた内容で「タイトルの下に投稿カテゴリーがほしい」という意見。実用性はあるのですが、デザイン的にはちょっと悩ましいのでどうしようか検討してます。(スマートフォンにもPCにも良い表現の仕方が思いつかないので)

とりあえずこんな感じです。久しぶりにブログ修正した気がします。(;・∀・)

断捨離と完成させるものに対する意識

必要な要素と必要じゃない要素を並べて断捨離してるところです。

過去の記事

過去の記事を見てると、その時は思ったことを述べていたけども内容としては面白くないし今の自分にとっては必要のないものだったりします。誰かに響いているのであれば投稿を消すことを諦めることもありますが、大体呟いていることは自己意識だけなので、ぽいっとゴミ箱に捨ててしまうものです。

捨てること

前の記事もアカウントを捨てたような内容を呟いてました。こちらは気持ち的な問題でしたが20日間くらい経ってスッキリしました。捨てることに躊躇するのは「無くなってしまう」損失感からうまれるものであり、一回離れてしまうと続けたくなくなるというもの。昔に書いた記事も評価がなければ捨ててしまいます。

悪いところ

色々断捨離していると「文章も書きたくない」「イラストも描くのもいいや」と「怠慢」になっているような気がします。コレは悪いサイクルです。「見せなきゃいけないもの」という意識がなくなったので時間を獲た代わりに「描かなくてもいいや」という意識になってしまっているのかと…。

考えられる対処

「時間」はあるので「ラフ(下書き)」でアップロード(見せる)のではなく、色を塗ってしっかりと「完成」して、そこから見せるような意識に変えれば充分変わってくると考えております。

長年、下書きの時点で評価してほしいからSNSなどに描いたよ!とアップロードしては撃沈していたので完成したものを見てほしいという気持ちを高めるためにもしっかりと頑張っていきたいものですね…。

新しい記事

新しい記事に対することとすれば「堅苦しい表現」は使わないということでしょうかね。割と伝えたいことを真面目に書いちゃうと表現が堅くなったり、教授みたいな言い回しをしちゃうので、なるべく読み手にも読みやすい。子供でも読めるような文章を心がけて行きたいと思っております。いわゆる今回の記事のような言い回しでしょうか?

日常的なこと

結構書こうか悩んでます。せっかくのブログ(日記)ですのでライフログ的なことも呟いてもいいと思っておりますがどうなんでしょうか?自己評論的なことをつぶやいてると。日常的な記事というのは必要なのかなと思って書くのをためらうこともあるのですが…。コレを気に気になったものは書くというのもいいかもしれませんね。

楽しくやってます。

ブログも変わりのSNS(Google+)もそれ程投稿してないので鬱になってるんじゃないか?と心配してくれる方もいらっしゃいますが、それとは真逆で元気にやっております・ω・

韓国料理 韓美膳

今までしなかったオシャレな料理を写真を撮ってメモを残すようなこともしてますし、その点では「今まで見えなかった新しいもの」に挑戦できてる気がしますね。まだまだ意識からは拭えてないですが自分の求めるものがゲットできればいいですね。

10年間続けてきたSNSを辞めました

10年間続けてきたSNS(Twitter)を昨日付で辞めてきました。というのも自分自身が周りの話題に乗れなかったり、必要じゃない情報やエセやパクリな情報が永遠に流れてきて、間違った情報に考えを左右されやすいのではと思い、綺麗サッパリ消しました。10年前とはいえ高校時代から続けていたtwitterなのですが、そのなかでも会話をし協調できることに楽しみを持てていた気がします。それからと様々な方とお話したいと想いながら続けていたのですが、それとは裏腹に「趣味の違い」だったり「趣向の違い」で見せたいものが違ったり、会話にならなかったりと考えてる方向性とは違う状況になってしまったので辞めるに至った訳です。

何度か躊躇したことはある

アカウントを消すにあたって今までの仲が良かった方と喋ることができなくなる。自分の築き上げてきた価値(イラスト)はどうなるのだろうと考えたりして、なかなか踏み切ることが出来ませんでした。時によっては複アカなどを使って世界観を変えてみようかと挑戦してみましたが見える世界は同じようなもの。やることも2つに増えたりして面倒くさいだけということだったので仕方なくいつものアカウントで呟いていた訳です。

会話のネタに自分はどう思われているのだろうかと自虐ネタやアンケートを使ったりすることで好奇心を感じてた訳ですが、それで会話することも興味を持ってくれることもあらず、自分自身の行動に嫌悪感を抱くことになりましてすべて無かったことしようと躊躇もなく消しました。

SNSをしなくなることでの辛み

共有することによる楽しみがなくなるので食事したときのオススメな写真や投稿が出来なくなることに辛さを感じることがあります。他のGoogle+とかに投稿すればよいという事もありますが、あちらも4月に閉鎖する予定みたいなので事実上なにもやることがなくなってしまうことになります。

ただSNSをしなくなったことによる時間の楽しみも出来たので、時間をかけて何ができるのだろうかと考え直してみたいと思っております。

新しいものを発見した際には

自分が目標にしていた「日記にして残す」ということができそうなので主に新しい話題とか頑張ってることがある際にはコチラのブログに投稿していきたいと思っております。「SNSに投稿する」というのは様々な人々に拡散することに長けてて便利でしたが「ログを取る」ことにデメリットを感じていたので良い移り変わりになるのではないかと思っております。

最後に

今までフォローしてくれた方。挨拶してくれた方。ありがとうございました様々な会話できて楽しかったです。別の要素で何か会話できればご一緒できればと思ってます。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。今年はお正月に休みがとれてゆったりとした休暇を取らせていただいております。去年は思ったよりも忙しくて自分がしたいことを出来なかった年でもありました。そのかわり色んなことに挑戦したり閲覧しに行ったりと心に余裕を持たせられたと思います。

2019年目標

2019年の目標は「メルヘン・妖精」な世界観を描いていきたいと思ってます。
言ってしまえば原点回帰でしょうか、2016年 2017年とアニメキャラクターや好きなゲームのキャラクターなどを描いていましたが、そろそろオリジナルティあふれる世界観をかいて他の人とは一線を引きたいと願っております。

昨年は、絵に没頭できなかったので今年はメモを取るように描けれればよいです。

心を落ち着かせるということ

まったりとした人でも実際は時間にとらわれて自分がやりたいことができない。しようと思っても体力や精神的に疲れてて思うように身体が動かないことが多いです。去年の私がそういう状態でした。

今年は反省を含めて「時間を作る」ことをモットーにして進めていきたいです

ぐっすりと寝ること。

(科学的根拠および研究した内容ではないのであくまで個人での推察ということをご了承おねがいします。)

睡眠(ねること)

睡眠というのはパソコンで言う記憶の上書き保存。一日の記憶を脳という保存領域に書き込むための処理行動であり、寝ることによって忘れないようにファイルをつくることである。

レム睡眠(浅い眠り)

動画や録音をしたあとに「処理中」という文字を見たことがあるだろう。目からみた記憶、耳から聞いた記憶を、録画録音した内容として保存している時間である。ニューロンが活性化することによって夢を見たり、身体の機能がゆっくりとスリープします。

ノンレム睡眠(深い眠り)

身体がスリープして、メモリー(一日の記憶)を初期化している時間。脳はひっそりとレム睡眠で保存した内容を種類別に(1)人によって時間でわけるか出来事でわけるか変わってくるカットし振り分ける時間。シナプスを生成(ファイルへの通り道)し脳にとって解りやすくメモをとる時間である。

寝ない人は工事する時間やファイル時間が少なく記憶をメンテナンスできない。記憶への舗装もガタガタになり忘れてしまうなどの状態ができてしまうのである。

記憶の整理

記憶というのは「モノ」
考えることは「モノを取りに行く道」

舗装されていればすぐに思い出して取りに行くとができる。時間が経つことによって舗装された道もガタガタに、忘れる前に記憶することによって舗装されたり、床→私道→県道などと(神経細胞の)規模が膨大になるのである。

一夜漬けか、何度も復習することか

それを踏まえると「一夜漬け」というのは新品な道。通りやすく記憶に直結しやすい。寝ずに一夜漬けでも点数取れるよという人は道を作るのが上手な方です。

それとはべつに「何度も復習する」というのは、道の規模を大きくするということであり。繰り返し勉強することによって通りやすくアクセスしやすい状態に変えることができます。

寝なければ記憶は保存されない

勉強しても睡眠しなければ記憶はされませんし、覚えてたことも舗装されずに忘れることになります。ぐっすりと寝ることによって、「脳にも身体にもよい一日」を作ることでしょう。そして保存された記憶の結びつきが、ひらめきのキッカケになって新しいものを産むことができるかもしれません。

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1. 人によって時間でわけるか出来事でわけるか変わってくる