自分が思う「慈愛の精神」

否定的なことを討論する人は沢山いるけども、肯定的なことを討論する人は少ない。他人の不幸は蜜の味とも言ったところか、他人を思う慈愛の精神というのは限られた人が持っている特別なもの。

ところで慈愛の精神ってなんだろう?と思う人も多いだろう。簡単に言えば「自分が愛されたければ他人も愛しなさい」ということ、自分が幸せになりたければ困ってる人を助けなさい。そしたらいつか自分が困ったときに誰かの助けがくるでしょう。否定的なことを考えてる人には幸せなことは起きませんよという言葉です。

他人を恨めば、自分が恨まれる。他人を否定すれば自分にも戻ってくる。
人生というのはそういうものです。

ただ、「自分が幸せになりたいから他人を助ける」というのは慈愛の精神とは違うものです。よく勘違いされるのがボランティア「心の中で目立ちたいから」「協調したいから」とか「苦労を感じたい」が為に参加をする人が多々います。面白半分で参加するというのはそれは自分自身に快楽を求めたい(楽しみが欲しいがため)でしょう。とはいえ「キチンとした心前」で参加するのであれば、それは仏教的な思想「慈悲深い」苦しみを楽しみに変えて幸せにしたいという思想にもなるかもしれませんね。

慈愛とは「自分から幸せにはなってはいけない」愛情を振りまいていれば後から「他人から幸せをくれる」ということ。そして、この気持ちを心がけてると心が豊かになるものです。

▼ こちらもどうぞ

ぐっすりと寝ること。 (科学的根拠および研究した内容ではないのであくまで個人での推察ということをご了承おねがいします。) 睡眠(ねること) 睡眠というのはパソコンで言う記憶の上書き保存。一日の記憶を脳という保存領域に書き込むための処理行動であり、寝ることによって忘れないようにファイルをつくることである。 レム睡...
こだわりのサイクル 何かに意識をしてしまうとそれが気になって毎日・毎時と見てしまう。楽しみや嬉しさ好奇心が欲しいだけで実際のところ集中出来なかったり一途にものを見てしまうだけでデメリットが大きい。変なこだわりを持ってしまうというのは「変化のない同じことを繰り返す」「まわりのことばを気にしてない」というのが要因。 ...
モノを名前で覚える人とビジュアルで覚える人... 人やモノを「名前で覚える」ひとはそのまま「アリス」と答える。 人やモノを「ビジュアル」で覚える人は「可愛い服をきた金髪の女の子」と言う というのもひとつには記憶の結び方が左右している。 名前で覚える人は、余計な情報はいれずに特徴だけで覚える。 「この活発な子はアリスちゃん」と名前だけではなく...
勉強とボキャブラリー   仏教の説経やキリストの説教を踏まえて人生とは何か、迷える子羊の為に助言をさしあげるお坊さんや神父さんって凄いと思う。自分でも「困っている人を手助けをする」という精神は強いのだが、最後まで見守ってあげられるようなボキャブラリーを合わせておらずギクシャクとした気持ちになってしまうことが多い。「...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)