あけましておめでとうございます


あけましておめでとうございます。恐らく晦日、大晦日は忙しいであろうなのでお正月前に書かせていただきます。去年は仕事先を増やしたり、みんな集まる場所な仲から個人で行動するための成り行きなどと大きく変化を伴う年でしたが、健康の面では問題なく行動が出来たので良い年を迎えることができました。

しかしながら自分を鍛えることができたのかと言われますと、全くと言っていいほど「否」であるとコメント致します。それは何故かというと勤務を口実に年末にかけて4ヶ月ほど筆を折っていたという理由です。「時間を取れなかった」というのは嘘でして、空き時間をゲームの娯楽に費やして甘えてしまったのが要因でしょう。やはり目の前で触れる距離に置いてしまったのが敗因だと思ってます。取り敢えずは12/28 付でコンセントから引っこ抜き倉庫にはしまいましたが…。この結果が吉と出るか凶と出るかは今年に期待したいですね。

来年の目標としては、少しづつ金銭に余裕が出てきたので無理はしない程度に行動をしたいのと、相変わらず勤務仕事(週6)への余裕は無いですがぐーたらするよりもお絵描きの道を歩んでいきたいですね。

日々の近状はTwitterなどで呟いてますのでなにかご縁があればコメントお願いします。ゆるーく呟いてるだけなのですがね。

言葉にするほど伝えることはないけども…

言葉にするほど大事なことは無いけども、声に出して叫びたい気分である。日本語って割と時候の挨拶から始めないと、急に何を言ってるんだ?という言い回しになりかねない。しかし時候の挨拶なんか気にしていると文章を書くのが怠くなって、やーめた!と声を出したくなるのがいつも通りだったりします。英語なら「Dear(親愛なる)」から始まって、いわゆる「隣人を愛しなさい」のようなキリストらしさが表れてるような気がします。日本語でも「前略」や「拝啓」などで時候の挨拶を省略することは可能なのですが、それでも「いかがはお過ごしですか?」のような安否や健康を確認する文は日本語から外すことできないので、英語の「Dear」という表現には簡易的な文章に一歩劣る気がします。

なぜ日本で要件を遠回しに伝える文化が生まれたのか?その要因としては「手紙」というのは送るものではなくて自分自身、もしくは身内の近状を伝えるもの、本題よりも元気に暮らしてます。そちらの状況はどうですか?と愛情を伝えるものと私は推測しています。日本軍の戦争であれ、戦国時代であれ一つの手紙がどれだけの心に残るものとしてのツールなのか分かるような気がします。そう考えると手紙を送れない状況というのは「何か問題があった」とか「言葉にするほどお伝えできない状態」ということになるわけですね。

ここからは漫言放語な雑談になりますが、最近呟けないのも要因としてはお仕事という理由もありますが、それよりも周りに披露できるような場面がない「声を出したいけども言葉にしたら変になる」ということです。何も考えず近状を呟ければ閲覧している人にも、アンネさんどうしてるんだろう?という状況をお伝えできるのですが…。ケーキたべた!国立科学博物館でミイラ展観てきた!のような子供っぽいことしか呟けないのでブログ(手紙)にするほどお伝えできないのが忌まわしいところであります。前回の日記から2ヶ月経ちましたが、流行の風邪で体調を崩すことはあったものの元気に暮らしております。年末に向けて忙しくなると思いますが、なにか話せるような話題があれば文章にしていきたいと願っております。

I start to study English vocabulary mean.

The ultimate goal is reading newspaper written in English till try not to use a dictionary. Thereby I bought dictionary for learn words. The dictionary use into translation from difficult word to simple words. If still don't understand word then need to translation from English-Japanese dictionary to Japanese word. If less than words I remember then it understanding. Afterwards I need to learn conjunctive adverbs.

it's easy to said however difficult to used by things

I seem to written to easy, but I had to check every words.
Also very long time think for sentence. In some cases one sentence takes 10 minutes. It maybe wrong, however meaning be transmitted to someone. Better than not write English.

I feel light when carried up heavy things.

I feel light one day when carried up heavy things yesterday.

I carried up heavy soil. To maker flowers garden. I need to ride soil package on arms. From there drop out soil into garden. It's hard work very tired me. However growing beautiful flowers must do it.

Between two days to three have muscle pain. But the good news is feeling light carrying up heavy things. If keep on this cycle increased on muscle.

Be beautiful flowers and changed by beautiful body.

I want to keep on write English Diary.

I want to writing as "Diary of Praying Anne's" by this word-press.
For example I couldn't be writing story in case of Japanese though funny by English. Next by study English vocabulary and syntax. Use here for. English is very hard by Japanese, however I don't give up the study.

2020/04/13 の戯言

時々、同じWordpressの日記コンテンツはどうしているのかと検索しているとアフェリエイトで1000万円稼ぎましたーというコンテンツは見るけどもコンテンツ量は多すぎてサイトは重いし新聞についてくるスーパーの広告みたいにどれが重要コンテンツなのかもわかりにくい。でもこういうコンテンツのほうが一般人に評価されるのは不思議だなぁと思う筆者です。あ、このサイトでは一銭もアフェリエイトしていない自堕落日記なので安心してください。(ㆁωㆁ)

運動

外出自粛で気づいたこととは1日に1回身体を動かしてないと身体が怠くなって頭痛を併発することに気づきました。家にこもるのも感染防止に必要なことですが身体を動かさない日が続き、急な運動になると逆に心臓に悪い気がしてこれもコレで駄目なのかもしれませんね。任天堂の「リングフィットアドベンチャー」ではないですけど自宅で出来る適度な運動を心がけたいですね。

原稿用紙2枚分

なんのことかというと、ブログ1記事あたりの文字数のことを指しています。400字×2枚なので800字、結構時間かけて記事を仕上げるのですけど原稿用紙2枚分にしか書いてないとなるとちょっとしょんぼりしちゃいます。文庫本の文字数「42文字×17行」が一般化されているのでそれで計算すると714文字。流石に名一杯書くことはあんまりありませんが、自分の日記やコンテンツが紙1枚にしかならないとなると、それを200ページ(714×200=142800文字)に渡って書く小説家って凄いんだなぁと痛感します。流石に14万文字を一つの記事に詰め込むのは自重しますが1記事あたり2000文字を書けるようには頑張ってみたいですよね。

自分のやりたいことを他人がやってると

自分しか出来ないことだと思っていたことが、池の蛙から飛び出そうとすると、やり始めてるとか同じことを考えていたということがあったりしてモチベーションが下がってしまうことが多々あったりします。それでも「真似できない」とか「その画風は(作者)にしか見たこと無い」とか言ってくれるとそれはそれで嬉しかったりもするのですけどね。

それで、ひっそりと「この人は成長しそう」と思っていると急上昇してみんなの人気者になったり、何かとクオリティを上げていく見極めの目を持っているのですが、自分には甘いので自分からは挑戦しないのですよね。だから他の人にやりたいことが越されてしまうのが辛いところです。