自己満足な日記を書く

日記というのは自己満足なぶん、その日の勢いに任せやすい。
とはいえ日数が経っていくと、なんでこんな文章を書いたんだろうと反省することもある。人生も取捨選択をして生きているに違いない。いらない日記は削除して要るものだけ残してしまおうというのが面白い日記なのだろうか。

とはいえ過去の偉人の日記には赤裸々な体験や話をつづっているものもある。失敗したことやら、偉人にしては普段どおりの生活日記など、読み手には必要にはならない情報だとしても日記として残している。

書き手が画く日記というのは「時代をえがく日記」として残すべきなのだと思う。それが自分だけのものだとしても後世には自分だけのものとは限らず、他者との共感を得るものとして必要なこともあるだろう。

言葉というのは海に書いた文字のように流されやすい。話題になったものだとしても時間が経てば消えゆくものである。ただしっかりと物に書いた字というのは風化せずに残っている。石碑のように百年・千年と言葉として残るものもある。言葉を残すということは存在していたという証明にもなるのではないだろうか。

それを踏まえて日記というのは、自分が思うことを伝えればよい。赤裸々な内容だとしても誰かしらツッコンでくれるかもしれない。言葉を刻むということが大切なのだろう。

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