無口とコミュ症と人見知り


「話し下手と文字を書くこと」- 黒姫のお絵かき帳
実は2年前に「話し下手と文字を書くこと」という記事で無口な人は何故無口なんだろう?という記事を書いていたのですが。最近、言葉を発せられない人の中にも「無口」と「コミュ症」と「人見知り」という分類が分けられてるみたいなので少し詳しく書いてみたいと思います。

言葉を発せられないひとの種類

無口

なかなか言葉を発すことのない人。もしくは口数の少ない人。

どちらかと言うと「言葉」というよりも「文字」などで伝えるのが上手、違う表現の仕方をして一躍を担うこともある。

まわりからは「冷たい」とか「おとなしい」という表現を持ちがちだが、本人は「誰か隣にいて欲しい」という気持ちを持っている。

コミュ症

無口よりも感情が前に出てくるけども「言葉」として感情を表せなくて口数が少ない人のこと。

言葉数が少なくてもわかる人がいると嬉しい。その人に寄り添うことが多い。

本人としては色んなことを話したいため「文字」や「イラスト」などとビジュアル的に伝えるのが上手いひと。

人見知り

普段どおりに言葉を喋ることができるけども、初めての人や「人という概念が怖い」という人が多い。

目を合わしながら喋れないので、まわりからそっぽを向いているように見られがちだが、本人は「恥ずかしい」とか「目をみるのが怖い」というだけなので褒めてあげると心を許してくれる。

言葉を発するのが苦手なだけ

計算が苦手なように、言葉を発するのが苦手な人というのはいるものです。何も考えずに使っているようで「ことば」というのはかなりの高等技術ですし表現が苦手というのも不思議ではないこと、自分は「無口」だからって悲観に考えなくても大丈夫。何かしら得意なことを探して表現すること、それが「文章」だったり「絵・造形」だったりする訳です。

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